カニ釣った(釣ったというか)

「カニ釣りたい」
と思い始めて一週間、今週その希望が叶った。

まずは、カニがいそうな岸壁を下見に行き、いることを確認する。
カニといっても小さなイソガニだけど、私には十分。
それからはカニの釣り方を人に聴いたり、せっせとググったり。

本格的にやるなら、夜がいいらしいけど、怖いからそれはムリ。
掃除用の蓋つきバケツ、軍手、割りばしとタコ糸、
百均で手に入れた魚掴み用のトングと、
金魚鉢の手入れをするための小さな網。
使えそうな道具を集め、昼ひなかに現場に行ってみた。

人の姿もまれな海辺は、
一直線のコンクリート護岸が続く。
遠く海上にはカラフルなコンテナを積んだタンカー、
自然の海岸なんか一かけらもない、テトラポッドの海。
でも、のぞきこむと、あそこにもここにも、いるいる!

ザリガニ釣りの要領でタコ糸にサキイカを結び付けて垂らしてみるが、
テトラポッドに打ち付ける波に揺られて、位置が定まらない。
寄ってきたカニの鼻先(鼻?)に寄せても、
まったく食いつかないし、関心がないみたい。
たぶんこれ、時間かけてもダメだわ。

テトラポッドに続く人工の岩礁を移動しながら、
今度は素手で掴めないかやってみる。
足場は悪いし、カニは思ったよりはるかに敏捷で、
私の影を認識するや、すごい速さで狭い岩の隙間に引っ込んでしまう。

釣れないし、掴めない。
たくさんいるし、見えてるのにな~。

移動しているうちに、潮が満ちてきて、
岸壁のフチまで海水が迫ってきた。
仕方なく通路を歩いていると、
垂直の岸壁と岩の隙間に、カニが折り重なっているのが見えた。

バケツに突っ込んだ金魚すくい用の網をすき間に差し込み、
素早く持ち上げると、
数匹のカニが入っている!

急いでバケツに放り込み、海水を満たす。
やった! 釣れないけど、掬えた!

そこからは順調にカニを掬っていく。
掬ったカニを網からはずすのに、百均のトングが大活躍した。
サワガニくらいの小ささだけど、
楽しいったらない!

あんまりたくさん獲れても仕方ないので、ほどほどにして帰る。
本物の釣り人が時々通りかかるけど、
なんとなく胸を張ってすれ違ってしまう。

帰ったら、ペットボトルを切って作った容器に海水とカニを二匹入れ、
お隣の保育園に通うチビちゃん兄弟に進呈した。
迷惑かもしれないけど、見てほしかったから。

残りは生きたまま揚げて、塩を振って食べてみた。
ハサミが硬いけど、味はまあまあ。
念願かなって大満足の一日だった。

捨てなくてOK

「モノを減らしたいけど捨てられない」
のなら、
「買わない」
「もらわない」
を徹底するのがいちばんだと思う。
補給を断てばモノは減っていく。
なくならないモノも、傷んですり減っていくので、
捨てるふんぎりがつきやすくなる。

「捨てられない」
のは、
「モトをとっていない」
という無念の思い、モノの怨念のせいだから。

すり切れ、傷つき、破れていくことで、
十分使い果たした、モトをとった、
という満足感になる。

ボロボロになってもまだ捨てられないという場合は、
親の形見とかでもない限り、もう心の病かなにかなので、
誰にも捨てさせることはできないと思う。

いいよ捨てなくて。
どの道最期の最期はすべて捨てていかなければならないんだから。

カニが釣りたい

インスタでカニを釣っている人を見て、なんだか面白そう! 私もやってみたい!
と、近場のカニがいそうな海辺に行ってみた。

岸壁の上から、テトラポッドの周辺をキョロキョロ見回すと、いた!
お菓子の「アルフォート」くらいの大きさのカニと、
大粒のポップコーンくらいのちびガニがたくさん。
種類は同じなのか違うのかも、高い位置からだからわからない。

目を皿にしてカニを探しているうち、
視界にパシッパシッと跳ねるものが入ってくる。
それはたぶんボラだ。
ボラの子供の群れもうじゃうじゃいる。
青い背びれでよくわかる。
一度なんかイシダイを見かけた。
小魚を狙って、いろいろなサイズの水鳥が低空飛行する。

ここは東京湾の最奥部。
見渡す限りコンクリートで固められ、
大半は企業が使うための売られてしまった海。
テトラポッドが投げ込まれ、フェンスで遮られた、
さわれない海。
こんなところ、可愛くもなんともないフナムシくらいしかいないと思っていたので、
思いもかけずたくさんの生き物の存在に気がついて、
大いに感動したし、嬉しかった!

カニとボラに夢中になって歩いていったら、
歩数計は1万6000歩を記録していた。

ここでテトラポッドに下りていくのはちょっと危険そう。
人に見とがめられたら通報されるかもしれないけど、
あまりにも人がいないので、急な高波にさらわれたら、
理由もなく家出したオバサンとして処理されてしまいそうなので、
もう少し足元のいいところでカニ釣りたいな~。

というわけで今、カニの捕獲についてググっているところ。
場合によっては、人生初の釣具店に行くことになるかも。
(この2日というもの、私の頭の中はカニ釣りでいっぱい)

ゆっくり話す人の価値

むすめと話していると、時々もどかしくなることがある。
むすめは一つひとつ言葉を選んで、考えながら話し、
話ながら考え込むタチ。
「だから……えーーと、だからね……」
といった具合に、単語と単語の間に長い時間が経過してしまうことがある。

「全部考えてからしゃべればいいんじゃない?」
と言ったことがあるが、
「それができないんだよ」。
自分でも悩んでいるらしい。
弁の立つ、頭の回転が速い人と話すと、
相手を待たせてしまうし、自分のスローペースが際立ってしまうもんね。

私はどちらかというと早口でダダダっと話す方なのだが、
なぜか私はこのタイプと相性がいい。
ゆっくり話す人のことを、不思議だなと思いつつもイラついたりはしない。
言い淀んだり、言葉を選んでいる相手を見ながら、
その間にお茶を飲んだりしてのんびり待てる。
セカセカした自分の時間を、相手が中和してくれることを、
無意識のうちに感じているからかもしれない。

先日、手がかぶれてしまい、初めての皮膚科を受診したのだが、
そこのドクターが「待てない人」だった。
愛想はいいし、何より歴とした医者なので、文句を言うのは筋違いかもしれないが、
私が症状を言い終わらないうちに、
「あー! それは〇〇だね!」
といってもうパソコンのモニターの方に向き直ってしまい、
「お薬一週間出しときますね~」。
正直、効く気がしなかった。
(以前も別の皮膚科で似たような軟膏を出されて全然効かなかった)

頭のいい人に時々あることだが、
相手がもたもたしていると、先回りして、
「つまり、それはこういうことだよね?」
と話をまとめてしまう。
相手を、相手以上に理解しているつもりだからなのか、
相手の話し終わるのを待っていられないからなのか。

その「つまり」がおおむね正しかったとしても、
これではコミュニケーションは成り立たないと思う。

ゆっくりでも、なかなか的確な言葉が出てこなくても、
その人自身が選んだ言葉が全部出きるまで待っていた方がいいんじゃないのかな。
「私はこう思う」
っていうのは、相手の話を全部聞いてからにした方がいい。

ゆっくり話す人は、トロいんじゃなくて、
誠実なんだと思う。
嘘や不正確なことを言いたくないがために、
言葉をゆっくり選んでいるんだ。
速さよりも大切なものが、会話にはあるもんね。

花のサブスク

少し前から「花のサブスク」が登場して、よくネットの広告を見る。
あれ、なかなかいい商品だと思う。

昔、「花を飾ると部屋が片づく」というテーマで原稿を書いていたけれど、
あれは自分の経験から出たものだった。

部屋が片づかなかった頃、『婦人之友』を創刊した羽仁もと子氏が、
「部屋も片づいていないのに花なんか飾ったって仕方ないでしょう」
と強い調子で言っていた……という話をどこかで読んだ。
その時は、
「そりゃそうだよなあ」
と、片づけられない自分に忸怩たる思いを抱きつつ、
花なんか飾ったって仕方ないんだと思っていた。

しかし、だいぶ後になって、やや片づけられるようになってきた頃、
頑張って片づけた部屋に花を飾ると、散らかるのが遅くなることに気がついた。
花があるだけで、なんとなくその周囲をきれいにしようという気持ちが働くかららしい。

そこで、なるべく部屋に花を欠かさないように努めてみた。
毎回ちゃんとした花束を飾ると出費がかさむから、1本か2本ずつだけど。

そうすると、本当に散らからなくなるし、片づけが加速するのだ。
花は、部屋の守り神になった。

切り花を長持ちさせようとすれば、こまめに水を替えなければならない。
水を替えるとき、ついでに花瓶の周りをちょいちょいと片づける。
花のある空間だけでも、きれいにしようという気持ちが働く。
たとえ部屋の一ヵ所だけでも、整った場所ができると、気持ちが落ち着く。

花を飾る→水を替える→周りを片づける

これを繰り返すことで、生活が次第に整ってくるのがわかった。
私のような人間にこそ、花は必要なのだ。
羽仁もと子先生のような優れた人にはわからなかったのだろう、
凡人の行動のしくみが。

今の家に引っ越す前に住んでいた町で、子どもをうちの子と同じ保育園に行かせているママがいた。
そのお宅は、今ふうのセンスとは少し違う、昭和感漂う家だったのだが、いつ行っても玄関に立派な花が活けてあり、部屋は気持ちよく片づいていた。
ママのお母さん(おばあちゃん)のお友達が華道の先生で、週に一度習いに行っているのだそう。飾 ってあるのはお教室で使った花材なのだった。

洋風のフラワーアレンジとは違い、正統派の華道なので、
やや重々しく、校長室の雰囲気が漂ってはいたが、
紛れもなくその周辺の空気はさわやかで、整っていた。
それは、造花では決して作れない空気だ。
生きているものに対する無意識の畏敬の感情だ。

民俗学で「予祝儀礼」というのがあった。
稲作の豊かな実りを願うとき、春の耕作に先駆けて、予め豊作になるという前提で祭りを行う。
つまり、「こんなにたくさんお米がとれました。神様ありがとう」
と祝ってしまうのだ。
すると、神様はその通りにたくさんの実りを与えてくれる(はずだ)――。

これと同じで、とりあえず花を飾ってしまうことで、
一部ではあるが美しい状態を作り出し、後付けのように片づけていき、それを継続する、
というのがこの「花飾り作戦」だったのかもしれない。

サブスクのお花はとてもいいアイディアだけど、
本当なら自分で花屋で選びたいんだよね。
花屋では季節を感じることもできるし、花屋さんとの会話は花の生け方、長持ちする方法なんかも教えてもらえるし。

とはいえ、忙しい人にはなかなかいい方法だと思う。
予めの祝福、やってみる価値はある。

少し前から「花のサブスク」が登場して、よくネットの広告を見る。
あれ、なかなかいい商品だと思う。

昔、「花を飾ると部屋が片づく」というテーマで原稿を書いていたけれど、
あれは自分の経験から出たものだった。

部屋が片づかなかった頃、『婦人之友』を創刊した羽仁もと子氏が、
「部屋も片づいていないのに花なんか飾ったって仕方ないでしょう」
と強い調子で言っていた……という話をどこかで読んだ。
その時は、
「そりゃそうだよなあ」
と、片づけられない自分に忸怩たる思いを抱きつつ、
花なんか飾ったって仕方ないんだと思っていた。

しかし、だいぶ後になって、やや片づけられるようになってきた頃、
頑張って片づけた部屋に花を飾ると、散らかるのが遅くなることに気がついた。
花があるだけで、なんとなくその周囲をきれいにしようという気持ちが働くかららしい。

そこで、なるべく部屋に花を欠かさないように努めてみた。
毎回ちゃんとした花束を飾ると出費がかさむから、1本か2本ずつだけど。

そうすると、本当に散らからなくなるし、片づけが加速するのだ。
花は、部屋の守り神になった。

切り花を長持ちさせようとすれば、こまめに水を替えなければならない。
水を替えるとき、ついでに花瓶の周りをちょいちょいと片づける。
花のある空間だけでも、きれいにしようという気持ちが働く。
たとえ部屋の一ヵ所だけでも、整った場所ができると、気持ちが落ち着く。

花を飾る→水を替える→周りを片づける

これを繰り返すことで、生活が次第に整ってくるのがわかった。
私のような人間にこそ、花は必要なのだ。
羽仁もと子先生のような優れた人にはわからなかったのだろう、
凡人の行動のしくみが。

今の家に引っ越す前に住んでいた町で、子どもをうちの子と同じ保育園に行かせているママがいた。
そのお宅は、今ふうのセンスとは少し違う、昭和感漂う家だったのだが、いつ行っても玄関に立派な花が活けてあり、部屋は気持ちよく片づいていた。
ママのお母さん(おばあちゃん)のお友達が華道の先生で、週に一度習いに行っているのだそう。飾 ってあるのはお教室で使った花材なのだった。

洋風のフラワーアレンジとは違い、正統派の華道なので、
やや重々しく、校長室の雰囲気が漂ってはいたが、
紛れもなくその周辺の空気はさわやかで、整っていた。
それは、造花では決して作れない空気だ。
生きているものに対する無意識の畏敬の感情だ。

民俗学で「予祝儀礼」というのがあった。
稲作の豊かな実りを願うとき、春の耕作に先駆けて、予め豊作になるという前提で祭りを行う。
つまり、「こんなにたくさんお米がとれました。神様ありがとう」
と祝ってしまうのだ。
すると、神様はその通りにたくさんの実りを与えてくれる(はずだ)――。

これと同じで、とりあえず花を飾ってしまうことで、
一部ではあるが美しい状態を作り出し、後付けのように片づけていき、それを継続する、
というのがこの「花飾り作戦」だったのかもしれない。

サブスクはとてもいいアイディアだけど、
本当なら自分で花屋で選びたいんだよね。
花屋では季節を感じることもできるし、花屋さんとの会話は花の生け方、長持ちする方法なんかも教えてもらえるし。

とはいえ、忙しい人にはベストの選択かもしれない。
予めの祝福、やってみる価値はある。

ワクチン接種二回目

一回目はまったく何も反応がなかった私。
身内を見ても、母、弟、むすこと見事に二回とも副反応なし。
血族でないオトーサン(夫)もなし。

聞いた話だと、39度の発熱が2日続いたとか、
腕が腫れて上がらなくなったとか、
だるくて気持ち悪くて何もできなかったとか、
副反応に苦しんだ人が多かったので、
一度目はよくても二度目はわかんないぞ!
と気を引き締めてかかったのですが、
やはりなんともないです。

熱も出ないし、食欲もあるし、
腕は、触ると注射した箇所が少し痛いけど、
触らなければなんともなし。
帰宅したオトーサンにごはんも作ってあげたよ。

注射から12時間が経過、
これで何もなければ万々歳。

とはいえ、まだまだ注意が必要な日々、
医療に負担をかけないよう、今まで通りに過ごしますよ。

でもプールはそろそろ再開しようかな。
休み過ぎて運動不足だし。

夢を記録する

子供の頃から、夢が多かった。
夢、といっても、夜眠るときに見る方のである。

記憶にあるいちばん最初の夢は、幼稚園のとき。
小さなビルくらいあるアリンコが襲ってくる怖い夢だった。
あんまり怖かったから今でも覚えている。
怖い夢が多くて、いつもは優しい幼稚園の先生が、夢の中では恐ろしい人になっていたり。
楽しい夢もあったんだろうけど、怖い夢の方がどうしても記憶に残ってしまう。

思春期~20代はさらにひどく、自分の叫び声で目をさましてしまうこともあった。
金縛りにも頻繁に遭うし、耳元でへんな声が聞こえることもあったり、当時は寝るのがイヤだった。
照明をつけたまま寝ると比較的悪夢を見なくて済むので、明るい部屋で寝ることが多かった。

悪夢に限らず、夢というのはなぜか体力を使う。
たとえば、夢の中で道に迷って延々と歩き回ったり、遅刻しそうになって全力で走ったりすると、6時間も7時間も寝た後なのに、目がさめたあとグッタリ疲れている。これじゃ、いくら寝ても意味がない。

夢占いやスピリチュアルはもともと信じてないし、好きじゃない。フロイトやユングも読んだけれど、だからといって夢を見なくなるわけではない。さすがに精神科に行くほど困ってもいない。

仕方なく、何かの足しになればと、夢の記録をつけ始めた。

「通学路にたくさんの蛇が横たわっていて、その上を通らないと学校に行けない」
「燃えさかるジェットコースターに乗って、延々と地底に下っていく」
「複雑な構造の建物の中を、何かを探しながら歩き回る」
「地上1mくらいの高さを、飛翔するでもなく、ふわんふわんと移動している。なかなか思う方向に進めない」

たまには、こんな夢もあった。
「とてもおいしいものを食べている。ふと目がさめると、布団の端を噛んでいた」

当時、夢に関する何かの本に、夢の記録の取り方が書いてあった。いわく、
「夢は、目を開けた途端に忘れてしまう。記録したいなら、目を閉じたままで、ノートにメモするべし」
この方法を採用することで、夢の再生率は飛躍的に上がった。

夢なんか記録したところで、何にもならないとわかっていたが、記録しはじめると面白くて、けっこう続いた。そして、次第に鮮明に再生、記録できるようになった。

こうなると面白いもので、夢をみながら、それが夢であることを意識する、いわゆる明晰夢を見るようになる。
「怖いよ~! ……でも、あ、これ、夢じゃん。あはは」
みたいな。

明晰夢を見るようになると、今度は、夢の内容を操作できるようにもなってくる。
高いところから墜落する夢も、それが夢だと気づいた途端、安全に着地できたり。
悲劇的な結末になりそうだったのが、ハッピーエンドに変えたり。

自分の夢を知れば知るほど、夢はイヤなもの、怖いものではなくなり、私は次第に悪夢を見なくなっていった。

それからしばらくして結婚した。
2人の生活は一人のときとは生活リズムも違い、夢の記録はやめてしまった。
子供が生まれると、あんなに夢ばかり見ていたのが、育児と仕事でクタクタだったせいか、ほとんど見なくなった。夢は、ヒマだと見るのかな。

しかし、子供が大きくなり、自分の時間ができるようになるにつれ、また夢が増えてきた。
悪夢も見るのだが、たいていは、家族に危害が及ぶシチュエーションで、私が彼らを守ることになっている。これもなかなか疲れる夢である。

訓練していないから明晰夢は見ないけれど、最近また、夢の記録をつけ始めた。
一人でつけていてもつまらないので、友達を誘ってFacebookのグループを作って。
今度は、自分の夢だけでなく人様の夢の話も聞けるので、大いに楽しんでいる。

「夢」についてググってみたところ、
「夢を記録すると発狂する」という説が散見されるが、それはないと思う。
ない……んじゃないかな……? 多分??

炊飯器はないけどクロックを買った

炊飯器を持っていない。

結婚した頃までは、一人暮らし時代の小さな炊飯器を使っていたけれど、もともともらいものだったし、使い勝手が悪く、次第に使わなくなってしまった。やはり一人暮らしをしていた夫も似たようなチャチな炊飯器を持ってきたけれど、使う気がしなかった。結婚してからは、ずっと鍋でごはんを炊いてきた。

オーブン機能つき電子レンジだけは買って、それは25年使うことになるのだが、オーブントースターやコーヒーメーカーは持たなかった。台所に電気コードがいっぱいあるのがイヤだったから。

ずっと狭い台所を使ってきたので、作り付けの収納に収まるだけのものしか持てない。鍋も食器も、できるだけ少ない数でやりくりしてきた。それで特段困ることもなかった。

しかしここに至って、私は買ってしまったのである。「クロック」を。

クロックとは、タイ料理を作る際に必須とされる調理用具で、石でできた叩き鉢である。鉢とセットになった石の棒も一緒についてきた。ここ数年入れ上げているタイ料理を作るために購入した。

何か欲しくなったときは必ず、今あるもので代用できないか考える。
基本的な道具を持っていればたいていはどうにか代用することができるものだ。
クロックだって、中鉢としても使っているすり鉢でじゅうぶん代用できるはずだった。タイ料理のレシピ本にも、そう書いてあるものがあった。

やってみたところ、確かに代用できなくはない。
タイ料理は、やたらといろいろなものをペースト状にして使う。食材を調味料と合わせて、まるで味噌のように滑らかになるまでつぶす。すり鉢とすりこぎでゴリゴリと気長にすりつぶせば、まあまあ近いところまでできる。

いや、できない。
近いけど違うものになってしまう。

すり鉢は、もともと形のない味噌や豆腐を更に滑らかにしたり、ゴマをある程度細かくしたりすることはできるけれど、それは「摺る」であって、「叩く」ではない。タイ料理で作るペーストの素材は、パクチーの根、にんにく、唐辛子といった、さまざまなテクスチャー、さまざまな形をしていて、それを硬い石どうしを使って「叩き潰す」ことで滑らかになる。すり鉢の「すり潰す」では、どうしても最終的な滑らかさが出ない。それと重要なことだが、「作っていて楽しくない」。

タイレストランの厨房を外から覗いてみると、オーダーが入ると必ず、このクロックでゴツゴツと何かを叩き潰し始める。その様子が、いかにも「おいしいものを作っている!」という気合に満ちていて、期待が高まるのだ。

何度も繰り返し作るうちに、どうしてもすり鉢では満足できなくなってしまい、ついにいつも行くタイ食材でクロックを手に入れたというわけである。
食材店の(タイ人にしては)不愛想なおかみさんは、使い方、手入れの仕方を教えてくれて、
「足の上に落とさないように」
とアドバイスまでしてくれた。クロックは大きくはないが、とても重いのだ。

こうして、炊飯器のない台所に、クロックがやってきた。
その日からクロックは大活躍だ。
ゴツゴツ、ゴツゴツ、ハーブやスパイスを叩き潰すとき、目の覚めるような香りがパアっと立つ。この香りが、私は大好きなのだ。コブミカンの硬い繊維だって、レモングラスだって、手早くペーストにできてしまう。陶器と木のセットとは比べ物にならない。溝を竹串でほじくらなくても済む。ああ、もっと早く買えばよかった。

若い頃、ものをなるべく持たないようにしたいと思って読んだライフスタイル本の著者は素晴らしくセンスの良い方で憧れていたが、
「油は一種類だけで十分です」
と書いてあったのは真似できなかった。
いろいろなものを作りたい私には、ごま油も菜種油も必要だったから。
服は最低限でいいけれど、「食」にはバリエーションを求めるタイプだったのだ。

ものを持たないことが目的なんじゃない。
幸せに暮らすことが目的なんだ。

もうちょっと年をとって、ごはんの鍋炊きが苦痛になるかもしれない。コーヒーを手落としするのが面倒になるかもしれない。その時は炊飯器を買い、コーヒーメーカーを買うかもしれない。

でも今は、鍋でごはんを炊いて、クロックでスパイスをすりつぶす。
クロックが重く感じられるまではまだ間があるだろう。
この暮らしが、今の私にはいちばん居心地よくて、楽しいのだ。

タイ料理にドはまり中

以前から好きだったタイ料理に、この1年以上というものますますハマっている。
なかなか食べには行けないので、出先ではその都度タイ料理屋を探してはテイクアウトを繰り返しては、あちこちの店の味を比較して楽しんでいる。

なかでも気に入っているのが、青パパイヤのサラダ「ソムタム」。タイ東北地方の代表的な料理で、店にもよるがびっくりするほど辛い。辛いのが比較的得意な私でも、店によっては縮み上がるほど辛い。食べ終わった後のお皿に、真っ赤な唐辛子の山ができるくらいだ。

タイ料理の中でも、この東北地方の味が好みであることがだんだんわかってきた。東北料理の味の特徴は、冷涼な気候を反映して、中部や南部のようにココナツミルクが入らず、内陸シーフードよりは川魚を多用するところは、海なし県生まれの自分のルーツと一致していて面白い。この地方では、今でも昆虫を日常的に食べることで有名らしいが、さすがにまだ手を出していない。

今は日本でもかなりいろいろなタイ食材が手に入るので、見よう見真似で作ってもいる。レモングラスも、タイの赤玉ねぎホームデーンも、発酵魚を液状にしたナムプラーラーもけっこう買える。実はご近所にタイ料理仲間がいて、買いすぎた食材をシェアし合ったりもしているのだ。その方はちゃんとしたお教室で習っているので、ちょこちょこ食材の使い方などを教えてもらえるので頼もしい。

もともと東南アジアは好きな地域だが、タイには昔一度行ったきりだし、どうしてここまでハマったのか自分でもわからない。でも、刺激の少ない毎日に、ハーブやスパイスの複雑な香りが豊かなタイ料理は、変化と彩りを与えてくれる。旅行に行くこともできないので、なおさら料理で変化を楽しみたいのかもしれない。

最近では、趣味が高じてタイ語にまで手を出そうとしている。あの、ワンピースのいちばん上のかぎホックみたいな形のタイ文字が読めたら、楽しいだろうな。でも、最近はやりのタイのドラマは、ドロドロ起伏が激しそうで見る気はしない。

海外に行ける日が戻ったら、間違いなく真っ先にタイに行こうと思っている。それまでに、簡単な会話とメニューくらいは、話せて読めるようになっているといいな。

アウトドアおば(あ)さん

コロナの日々が始まって、あってよかったなあと思うのはLINE。
ZOOMのようなツールを使ったオンライン飲みやオンラインイベントは、一度やったらもういいやという感じで続かなかった。
LINEは文字だけ(スタンプも使うけど)なのがいい。
相手がオンラインではなくても、置手紙のように届けるだけ届けて、相手がヒマになったとき返信してくれるから、お互い気を使わなくて済む。
この1年以上会っていない人が多いけれど、LINEのお蔭で近況を把握できているし、写真や映像のやりとりも楽しい。
特に妹とは、毎日のようにLINEしている。

3人の娘を全員独立させた妹は、生協の役員で忙しいものの、気楽な日々。なかなか訪ねていけない実家の母が主な話題だが、お喋りのテーマは多岐にわたる。
妹の趣味の観劇、私の最新の趣味の洋裁、晩のおかずについて、物価について、それぞれの住む地域での出来事についてなどさまざま。
どうしても出てくるのが、老後に関する話題だ。
現実には、お互い夫がいる身分なのでそうそう自由がきくわけではないが、
「もし何のシバリもないと仮定して」
老後はどこに住みたいか、何をして過ごしたいか、どう葬られたいかなどについて、とりとめもなく会話する。姉妹なのでへんな気を使わなくて済むところがいい。

私の理想は、漁港に近い農村で新鮮素材を使って料理三昧の暮らし。外房や南房総、伊豆なんかが理想。でも夏は涼しい山の上に住む、という贅沢なもの。
妹の理想は観劇三昧だから、できれば都会に出やすいところ。関西もいいな。

妹のダンナさんはやさしい人で、妹の観劇にもよく付き合ってくれるから、理想の老後はもう実現できたようなものだが、うちのオトーサンは田舎暮らしにはピンと来ないインドア派。私が好きなキャンプやアウトドアには全然興味がない。唯一、音楽が共通の趣味だけど、ジャンルは微妙に違うし。

私は体がきくうちは、オトーサンを置いて一人でアウトドアおば(あ)さんをやるしかないなあ。
でもまあ、それもいいか。あと10年はそれができるように体を鍛えておかなくちゃ、と思っていた矢先のコロナで、できる期間が減ってしまった。こうなったら、減った分を取り戻すべく、活動できる期間をできるだけ延ばすしかない。