中村吉右衛門『須磨浦』

76歳の中村吉右衛門が、コロナ禍に書き下ろした新作歌舞伎『須磨浦』が、
ETV『にっぽんの芸能』で紹介されていたのを録画していて観た。

『一谷嫩軍記』、「組討」の場から構想したという『須磨浦』は、
敦盛の身代わりに立てた我が子小次郎を手にかける直実の心情を描いたもの。
主君のために我が子を殺さねばならないという、
現在の価値観からすれば理解不能な行動が、苦悶に満ちた表情と、
二つに引き裂かれる心を表す所作で、見るうちに納得させられ、
いつのまにか感情移入してしまう。
「そうするしかなかった者」の苦しみを共に感じるようになってしまう。
悲痛というよりむしろすさまじさを感じさせる演技である。
敦盛(と見せかけた小次郎)の首を持ち、
馬の轡をとらえ悄然と去っていく直実の後ろ姿は、さながら野辺送りのようだ。

観世流の能舞台を使い、無観客で、配信のみ。
衣装も隈取りもなく(能で言えば直面?)、
紋付袴で演じられるミニマムな一人芝居。

だが背後には須磨の海が広がり、
いつしか吉右衛門の顔に隈取が見えてくるから不思議だ。
内容から、以前国立劇場で観た『伊賀越道中双六』岡崎の段を思い出す。
吉右衛門演ずる唐木政右衛門が、雪の中訪ねてきた妻を突き放し、
我が子を手にかける場面だった。
「背負ったミッションのために、自分のいちばん大切なものを犠牲にすることを余儀なくされる」
という点で共通する。

インタビューを受けている姿は、ここ数年急に小さくなり、
活舌も老人らしくなってしまったのを感じて寂しくなったが、
舞台にいる間は、エネルギーの塊のように火花を散らし、輝いていた。
同時に、新歌舞伎座のオープニングの時の『一谷嫩軍記』の映像が少し流れたが、
その時と変わらぬ力強さだった。

最近やや体調を崩しがちのようだけれど、お身体を大切にして、
末永く活躍していただきたい。
まさに当代日本一の俳優魂!

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