読んだり観たり」カテゴリーアーカイブ

読んだ本、(録画して)観たテレビ番組、ライブや展示など

『家庭科3だった私がワードローブ100%手作り服になりました。』

裁縫好きの妹が、
「面白かったよ」
と回してくれたこの本、
『家庭科3だった私がワードローブ100%手作り服になりました。』

私も家庭科3な人だった。
「こういうものが作りたい」
という気持ちはあっても、技術が追い付かない。根っから不器用。

そんな私が一念発起して2年前、洋裁教室に通ったのだ! 
それも、型紙起こすところから教えてくれる文化式のお教室。型紙って自分で作れるの!?

先生があきれるほど時間がかかったけど、どうにかこしらえた型紙をもとに、
シャツを1着だけ作った。でも、お教室では途中までしか仕上がらなかったの……。
レッスンの回数券(6枚綴り)をなくしてしまって、探しているうちに有効期限が過ぎちゃって、
なんとなく通わなくなってしまった。仕方ないから途中から自己流で仕上げたら、
イマイチの出来。サイズはピッタリなんだけどな。

でも、高校でパジャマ作って以来の洋裁に、最初から取り組むことができてよかった。
服作りの流れがわかったし、それまで全然知らなかった用語(「いせこむ」とか、「見返し」とか)
も知ることができたから。家庭科の被服なんて、友達にやってもらったり、
友達の真似してどうにか仕上げてたから、全部自力で作ったの、初めて!

この夏は暑かったけれど、どこにも行けなくて時間があったから、家で着るブラウスを2枚縫ってみた。
お教室で作ったのは、襟も袖もある服だったけど、これは身頃だけのTブラウス。これが大成功。
着やすくて肌触りがよくて、夏の間中その2枚ばかり着ていた。

そこにこの本。
「わー、こんな人がいるんだ! 真似したい!」
読んでみたら、あまりお裁縫の参考にはならなかったけど、
著者さんの洋服作りとおしゃれを楽しんでいる様子が伝わってきて、俄然やる気が出てきた。
おかげでその後またラップスカートを作ることができた。

外に着ていける服はまだまだ難しいけれど、家にいる時間の長い私は、
家で着る服は自分で作れるようになりたいな。今、再びブラウスに挑戦中で、裁断は完了している。
今度は袖のある服なので、少しレベルアップかな? 年末年始に縫って、来年着ようと思う。
少しずつミシンに慣れてきたので、来年はもっといろいろ作れそう。
ワードローブ100%は無理かもしれないけど、頑張ろうっと。

『数学者はキノコ狩りの夢を見る』

『ハイビジョン特集 数学者はキノコ狩りの夢を見る 
 ~ポアンカレ予想・100年の格闘~』(2007年、NHK)

世紀の難問と言われた「ポアンカレ予想」、
その証明に人生を捧げたり振り回されたりした数学者たちの苦闘を描いた番組。
そもそも私にはまったく縁のない世界である数学だけど、
あまりに魅力的な実話についつい引き込まれて見てしまった。

2006年にポアンカレ予想を証明したロシア人数学者ペレリマン博士が、
数学のノーベル賞であるフィールズ賞の受賞を拒否して失踪した、
というニュースはその当時耳にしたけれど、別に驚かなかった。
数学者というだけで十分変人なんだし(コラ)、
フィールズ賞を獲るような、
数学者の中の数学者がどんなに変人でも不思議じゃないと思ったから。

とはいえこのペレリマン博士、もともとは快活で人づきあいもよい好青年だったという。
それが、数学者として最高の栄誉である賞を拒否し、職場も去り、
(番組放送当時)自宅に閉じこもり、
唯一趣味のキノコ狩りのために森をさまようだけの生活になってしまったというのは、
いくらなんでもどうして、なんでそうなった。
彼をそうさせてしまったのが「ポアンカレ予想」。

ポアンカレ予想とは、アインシュタインに並び称された天才、
アンリ・ポアンカレが1904年に提示した難問。
すんごくざっくり言って、
「ある条件を満たせば、“宇宙は穴がなく丸い(閉じている?)空間である”
ことが証明できるはず」
といったものらしい(おぼろげ)。
それは同時に、当時の数学の主流、微分幾何学とは異質の新たな数学
「位相幾何学(トポロジー)」の誕生でもあった。

しかし、天才ポアンカレ自身、自らの予想を解くことはできなかった。
それから半世紀近く、二度の大戦を経た1950年代、
ようやくポアンカレ予想証明の機運が生まれ、
多くの優秀な頭脳がこの問題に取り組み始めた。
プリンストン高等研究所のウルフガング・ハーケンとパパキリアコプーロス
(通称パパ)もしのぎを削り合った二人だ。
特に“パパ”は、ポアンカレ予想に没頭するあまり、厚遇の教授職を辞退、
社交も娯楽も断ちすべてを研究に捧げる、修行僧のような生活を送っていた。

ポアンカレ予想は残酷な命題だ。証明に近づいたと思った途端それに欠陥が見つかる。
「“予想”解明にいちばん近い男」と言われながら、
“パパ”の精神は次第に追い詰められていった。ギリシャに恋人がいたが、
研究に集中するあまり、結婚もあきらめた。
証明できそうでできないポアンカレ予想に振り回され、結局、
彼は研究なかばで癌に侵され、この世を去った。
その死に際して、葬儀さえ行われなかったという。
“パパ”はポアンカレ予想に人生を食いつぶされ、あまりに多くのものを失った。
――それを愚かとか不幸と呼ぶことは誰にもできないにせよ。

一方、“パパ”と張り合っていたハーケンは、
同じくポアンカレ予想を証明できなかったものの、精神を崩壊させずに済んだ。
それは一重に、家族のおかげだという。
彼が研究に行き詰って精神を圧し潰されそうになっているとき、家族はいつも、
「ホラまたお父さんのポアンカレ病よ」
と笑い、茶化してくれた。そのおかげで彼は、息詰まる数学の世界から、
日常の世界に戻ることができたのだ。
それほどに数学は、日常を吸いつくしてしまうものなのだろうか。

「数学者はつねに日常の生活と数学の世界とを行き来しなければなりません。
数学の世界とは、数学者だけが知っている特別な場所です。
そこには永遠の真理がありそれを理解できる者だけに完璧な美しさを見せてくれます。
まるで迷宮に迷い込んでしまったように、
クリスタルの壁に乱反射する美しい光に数学者は思わず取りつかれてしまうのです」
(ニューヨーク大・カペル博士)

トポロジーが数学界の主流となった1960年半ば、
ロシアにペレリマン(愛称グリーシャ)は誕生した。数学教師の母のもとに生まれ、
16歳で国際数学オリンピックに出場して難問をやすやすと解く天才に育った彼は、
だがトポロジーにはまったく興味がなく、数学以上に物理学に秀でていた。

一方アメリカでは、数学者たちは“予想”の前に次々と破れ、別の分野に散って行った。
トポロジーにより証明されるかに見えた“予想”の進展は膠着状態にあった。
そこに、「マジシャン」の異名を持つウイリアム・サーストン(コーネル大教授)
が新たな境地を拓いた。1982年、
「宇宙が、たとえどんな形であろうとも、
それは最大で8つの種類の断片がつながり合ってできている」
(サーストンの幾何化予想)
という論文を発表する。
これはその一部にポアンカレ予想も含む壮大な問いかけでもあった。
数学者は再び、一斉に幾何化予想に取り組み始める。

1990年代、26歳のペレリマンがアメリカにやってくる。
といっても、彼の専門は微分幾何学だった。
この頃、微分幾何学の難問「ソウル問題」を証明している。
あまりに簡潔な解答に、多くの数学者が驚いた。
この頃まで、ペレリマンは少々変人だが快活で社交的な人物だったという。

ところが渡米3年目、彼の様子が変わり始めた。
人を避け、研究室に閉じこもるようになった。
この頃から彼は、ポアンカレ予想に挑み始めたのである。
きっかけは、ハミルトンによる、
「リッチフローを使えばサーストンとポアンカレを解ける」
という論文。
リッチフローは、ペレリマンが得意としていた物理学の方程式であった。

やがてロシアに帰国することになったペレリマンは、
サンクトペテルブルクでも人づきあいを避け、
とりつかれたかのように研究に没頭する。
明るかった彼のあまりの変貌ぶりに、地元の同僚たちは唖然とした。

そして7年。
2002年の秋、数学界に激震が走る。
インターネット上に、ポアンカレ予想を証明する論文が発表されたのだ。

数学者たちは皆半信半疑、どうせ出鱈目だろうと思う者が多かった。
ところが読み進めると、どこにも間違いが見つからない。
翌2003年、アメリカの数学界が論文の執筆者を招聘、
壇上に現れたのはペレリマンだった。

ひとたび証明が始まると、その進め方に、
居並ぶトポロジーの大家たち誰もはついていけない。
証明に使われたのはトポロジーではなく、
微分幾何学と物理学だったのだ。
そこにはエネルギー、エントロピーといった物理学用語が飛び交い、
トポロジーは使われていない。数学者たちのショックは大きかった。
「証明が理解できない!」

「リッチフローの三次元多様体への応用」
と題されたこの論文は、あまりに難解で、
証明するのに足掛け4年を必要としたが、最終的に、
サーストンとポアンカレ、両方の予想が証明された。
100年にわたる謎に終止符が打たれたのだ。
ペレリマンの功績は文句なしにフィールズ賞の受賞対象となった。
ところが、彼は賞を受け取ることなく、失踪してしまう。
人々は驚き、嘆き、落胆した。

「ペレリマンが孤独に耐えたことが成功の理由かもしれない。
孤独の中の研究とは、日常の世界で生きると同時に、
めくるめく数学の世界に没入するということです。
人間性を二つに引き裂かれるような厳しい戦いだったに違いありません。
ペレリマンは最後までそれに耐えたのです」
パリ高等科学研究所、ミハイル・グロモフ博士の瞳はうっすらとうるんでいた。

現在、天文学者たちは観測衛星を使って実際の宇宙の形を調べ始めている。
現在の観測によってわかることはまだ多くない。
私たちに見える宇宙――天文物理学では「可視宇宙」の“年齢”は137億歳だという。

番組制作当時、高校時代の恩師アブラモフさんが、
ペレリマンが隠棲するアパートを訪ねていく。
「彼の才能は私たちの社会にとってひっ条に貴重なものです。
一人で引きこもらず、社会に貢献するべきだと伝えたい」
しかし、度重なる恩師の呼びかけにも拘わらず、彼は姿を現すことはなかった。

生命を危険に晒してまでエベレストに登り、深海に潜り、宇宙に飛び立つ人たちを、
私たちは必ずしも理解できるとは限らないが、驚きと畏れ、尊敬をもって見つめる。
しかし、一日中デスクに向かい、微動だにせず観念の世界に没頭する数学者が、
彼らと同じ、命がけの冒険に挑んでいるなどと、考えたこともなかった。
人間が内に内に、果てしない論理と思考の世界深く入り込む行為もまた、
精神を引き裂かれ、出てこられなくなるほど危険なことなのか。
観念の世界とリアルの世界を行き来してバランスをとる。
それは自分一人ではできなくて、でも数学の世界を突き詰めるためには、
孤独に耐えなくてはならなくて……。

数学って、絶対的な解答がある(と思われる)だけに歯止めがきかず、
どこまでも突き進んでしまうんだろうか。そこが哲学とは違うのかもしれない。
番組放送からすでに13年が経過した。ペレリマンはまだ50代である。
ウィキペディアによると、
「現在彼は、妹夫婦のいる北欧に移住し、研究を続けている」
とある。妹たちとは交流があるんだな……ちょっと救われた。

『自転しながら公転する』

縁あって著者の山本先生から頂戴したご本、
読後しばらく経ってしまいましたが、読後思ったことを書いてみました~。
まだ読んでいない人、おすすめです。面白いよ!

山本文緒著(新潮社、1800円)。
ドラマ化されたらいいな~♪

前半200ページは、自分の自転生活にイレギュラーなことが重なり、
ちびちびとしか読めませんでしたが、
経験したことのないアパレルOLとして働いたり、モールでランチしたり、
若返った気分になれて楽しかったです。
年のわりに子供っぽい都ちゃんの恋愛や、殺伐とした職場環境にハラハラしつつ、
意外にものわかりのいい母・桃枝(私と世代が近い)よりも、
冷静な後輩・そよかの気持ちで読んでいました。

私はそよかちゃんが好きだな。彼女の都分析、鋭いけど優しい。
困難な恋愛をしているらしいけど、彼女にも幸せになってほしいなあ。
その後が気になります。(スピンアウト編希望)

しかし後半はガーっと一気読み。
ムカつく上司や貫一の友人、なんだかチャラいニャン君など、
曲者揃いでイケ好かない男性登場人物が目白押しだけど、
店長や女性MDは問題があってもなんだか共感できるし、憎めない。
同じ痛みがわかる同性だから? 

でも、貫一や都パパみたいに、
弱さを隠し通そうとするあまり自滅の道を行く男たちもいる。
女も男も、生きにくさの原因は、本当は同じものなんでしょう。

急速に変化していく家族や友達、都と貫一の関係、
都そのものの成長にページをめくる手が止まらず、グイグイ引き込まれます。
そしてプロローグに呼応したエピローグの鮮やかな驚きと、さわやかな読後感。
何種類もの凝った前菜がたっぷり盛り合されたプレートで、
気づいたらワイン一本空けてしまった感じでした。

私は生まれ育ちが北関東なので、舞台の空気感はハッキリ脳裏に浮かびます。
夏は蒸し暑く、冬は雪が降らない代わりに、乾燥して切れるように寒い。
筑波山には何度も登ったし、このアウトレットは阿見でしょうか。
でも、本書に何度も登場する牛久観音は、実は遠目にしか見たことがありません。
観音様は、心揺れる都の背景に何度も登場します。
近いうちにぜひお参りに行きたい。

こういう、生活をしっかり描いている小説って、
すっかり読んでしまった後も、何度でも長く楽しめるんですよね。
都の登場シーン、いつ何を着ているか。どこで何を食べているか。
部屋のインテリアはどうなっているか。それを確認しながらもう一度読む。
なんなら似た画像を集めて自転公転ワールドを構築しちゃう。

そうして、本編が終わっても、エピローグまでの間に積み上げられたであろう、
都たちのずっしりした時間の重みを想像するのです。
すったもんだ、いろいろあったんでしょうね。
でも、いい人生だったんでしょうね、都ちゃん。

桃枝世代の私も、いつまでたっても人生の地味な試練から解放されることはありません。
なかなかラクにはなりません。
でもね、生きてる限り人とは出会い、物語は始まる。
それはめんどくさいことでもあるけど、豊かなことだな。
めんどくささを引き受けながら、文句言いながら、
それでも生きていきましょう。見上げた先には観音様がいてくださる。

読みながら思い出したこと。 
何年か前、日本で金環食が観察できたことがありました。
次第に薄暗くなっていく空。夕暮れとも、暁ともわからない色、
次第に肌寒くなっていく。食が極大に近づいた瞬間、
方々のベランダから、「見えた!」「ほんとだー」という声が上がりました。
うちのマンションだけじゃありません。
戸建てのベランダから、路上から、みんなが空の同じ方向を見ていたのです。

地球の表面のほんの一部から見えるこの現象を、今一緒に見てるんだ! 
どこの誰だか知らないけど! 
そう思うとふわっと胸が温かく、明るくなりました。

太陽も地球と同じように、その上に暮らす私たちも、
自転しながら公転しているんですね。
その人生が時折交わり、そこから日食のようにさまざまな物語が始まる。
誰も止めることはできない――。

繰り返し楽しめる物語です。
もう少ししたらまた読んでみたいです。

~あらすじ~

母親の重い更年期を機に東京での仕事を辞め、茨城の実家に戻ってきた都。
青山のアパレル路面店の店長職から、地元アウトレットのショップ店員へ。
冴えない日々の中で都は、回転寿司店に勤める中卒の青年・貫一と出会う。
とらえどころのない貫一に不思議な魅力を感じ、つき合い始める都だったが、
なかなか改善しない母の病状、貫一との交際に否定的な父、
職場のパワハラにセクハラと、アラサーの人生、問題山積!
自分のことだけで精一杯なのに、今度は父まで倒れて……。

単調な日々に見えて、人は皆すごい速さで、自転しながら公転している。
いったい都はどこへ行き、誰とどうなってしまうのか?  

『1984年』

今朝、というか昨夜はひどい目にあった。
『1984年』を読み終えて寝たら、
終盤の残虐シーンをそっくり夢に見てしまった。
あまりの恐ろしさに、叫びながら飛び起きた。
心拍数は上がり、全身汗びっしょり。
そしてもう二度と眠れない。

「今日は11月としては108年ぶりの温かさ」
とニュースで言っていたが、
際立って気温と湿度が高く、そのくせ強風が吹き付け、
空は鉛色というへんな日だった。
生暖かい風が気持ち悪い。

独裁制による全体主義、一切の自由思想の禁止、
一挙手一投足を監視される社会。
1949年の発表当時のアメリカで、
これは恰好の反共テキストとなったのだろうが、
そういうことじゃないだろう。
イデオロギーに関係なく、テクノロジー一辺倒の未来には、
人間が本来持つ暴力性がこのような形に行きつく、
ということなんじゃないか。

折も折、版元の早川書房が、『1984年』をモチーフにしたマスクを発売、
というニュースを見た。
この本、世の中が不穏になるたび売れるんだって。
まさにディストピアそのものだからね、舞台が。

にしても、真に受けやすい性格なので、
こういう本を読むとしばらくこたえる。
私のような人間はたやすく洗脳されてしまうだろうな。

デジタルリマスター版『AKIR A』

デジタルリマスター版『AKIRA』、劇場で観てきた。

88年の公開時には観てなくて(連載も終わってない)、
「本編読んでるからいいや、
映画観てガッカリしたくないし」
って当時は思ったんだが、いや素晴らしかった!

あの壮大な物語を一時間や二時間につめこむには、
相当無理しないと…
と思ってたけど、かなりストーリーを変えて、
でもテーマはしっかり、
むしろ漫画よりも濃く伝わっててすごい。
作品の本質は少しも損なわれていない。

破格の予算をかけた作品らしく、
狂気じみた緻密な背景が目立つ。
看板や落書きが面白くて(駅ビルには「味ののれん街」があったり)、
次は背景見る回にしたいと思うほど。

今敏監督『パプリカ』を彷彿とさせる表現が随所に出てきてアレっと思ったが、
今監督は大友克洋氏のアシスタントで、
大友作品に深く傾倒していたのだとか。納得。

ガムラン風の曲やブルガリアン・ボイス風のものが使われていたのは、
音楽が芸能山城組だったからか。
80年代のワールドミュージックブームを思い出した。

コロナ後久しぶりに映画館で映画を観て、
124分の作品だったのでおしりが痛くなった。
しかし音もいいし、全身が映画にくるまれて、
映画世界に入り込めるのは映画館ならでは。
やっぱり映画館で観る以外は、
「映画を観た」と言う気になれないな。

『ペスト』(カミュ、新潮社)

お友達がAmazonでハンドミキサー買おうとしたら品薄だったそう。
マスク縫うのにミシン買う人が増えてるみたいに、
家でケーキ作る人が増えたんだな。

コロナ需要の一つとして、この本、
カミュの『ペスト』。
長年新潮文庫に入ってるのは知ってたけど、読んだことがなかった。
(読んだと勘違いしていたのは、サルトルの『嘔吐』だった。具合悪そうなタイトルだからか)
引きこもりのこんな期間に読まなくていつ読む?

長年新潮文庫に入っていたけど、ここに来て大増刷されたらしい。宮崎嶺雄氏(創元社の編集長だったんだ!)の翻訳、とても読みやすい。

舞台は、第二次大戦後まもない、当時まだフランス領アルジェリアのオラン。
(カミュの故郷)
ある4月の朝、医師リウーがアパートの敷地に鼠の死体を発見することから始まる。
鼠の死体は日に日に増えていき、人々は不安を募らせるが、
それ以外の日常は変わりなく過ぎていく。
ところが、奇妙な熱病に罹患する患者が現れ、
発病まもなく、ことごとく死亡する症例が増え始めた。
あとはネタバレ。

―――――――――――――――――――――――――――――

医師会は患者の隔離を希望するが、
市当局の決断が煮え切らず、発令できずにいる。
病人は増加し、それにつれ死亡者も増加するが、
入院する間もなく自宅で死んでいくため、新聞に載ることもない。

市の対応はおざなりで楽観的。
足りない病床、不十分な埋葬措置、さらに増え続ける病人と死者。
ペストであることは明らかだ。色をなす医師たち。
県の保健委員会が招集されるが、知事は事を大きくしたくない。
しかしついに、総督府から市の封鎖が宣言される。

あまりにも突然の封鎖だったため、
市外に出た者は家に戻れず、市外からの旅行者は脱出できない。
郵便さえ停止し、混線のあまり電話も使用が禁止された。
通信手段は電報のみ。
リウーの妻も、本土の療養所に行ったきり音信不通となった。

ここから、次の春が来るまで、リウーと仲間たちによる、
絶望に満ちた「ペスト」との闘いが始まる―――。

ここに描かれていることが、
規模の違いはあれ、今世界で起きていることとあまりにそっくりで、
読みながら、小説世界と現実の区別がつかなくなりそうだった。
政治家と医師たちの反応とか、今とまったく同じ!

ここからは、ペストの世界に取り残された人々の変化していく心情も描かれている。
最初は、じきに終わるだろうとカラ元気を振りまき、陽気にふるまっている。
映画館とカフェは大賑わいだが、
やがてその日の天気に一喜一憂するようになり、
自分の殻に閉じこもり、
心を閉ざしておざなりの会話しかしなくなる。
錯乱するものも出る。

街の活気が失われる頃、
脱出を試みる者たちも現れるが、ことごとく失敗する。
アルコールの消費量が増える。
『ペスト時報』が創刊され、人々はそれを求めて行列を作るが、
それはたちまちペスト予防グッズの広告であふれるようになる。
もっと先になると、おまじないグッズやいんちき宗教も現れてくる。

リウーとその協力者タルー、
老吏グラン、新聞記者ランベール、修道士パヌルーらは、
それぞれの目指すもの、信じるものは異なるままに、
ペストとの終わりがないかに見える闘いに明け暮れる。
孤独な逃亡者・コタールは、
ペストの支配する世界にいごこちの良さを見出していく。

あくまで淡々とした筆致で描かれるこれらの人物が、
それにもかかわらずそれぞれ生き生きと鮮明で魅力にあふれている。
この世界には、誰も悪党がいないのだ。
犯罪者コタールでさえも。

やがてついにペストは終息し、オランは再び解放されるのだが、
リウーの妻は連絡がとれないまま死亡し、
ペストの治癒率が上がった頃、病に倒れたタルーも死ぬ。

晴れやかなオランの祝祭の中、
リウーは確信する。
ペストはいつか必ずまた甦ることを……。

というストーリー。

ペストは克服された病気だと思っていたら、
決して100%治るようになったわけではなくて、
地域的流行は現在まで繰り返されていることを初めて知った。

コロナ(covid-19)は、ペストと比べたら小綺麗な病気ではあるものの、
「新型」が冠されているように、昔からある菌が変化したものだし、
すべての病気を克服することなんて、人間にはできないんだねえ。

印象的なフレーズがいくつもあった中で、
昨日の今日特に刺さったフレーズは次のもの。

(タルー)「彼らに欠けているのは、つまり想像力です。
彼らは決して災害の大きさに尺度を合わせることができない。」

「ペスト」は、ほかのどんな言葉にも置き換えられる。
今、世界的流行によって、いろいろな問題が浮上して私たちを悩ませているけど、
その問題は、コロナ以前からあったものだもの。
私たちの中にあるペスト的な何かは、
きっと何度でも甦り、私たちは闘い続けなければならないんだな……。

なんだかうんざりするが、救いのあるフレーズもあった。

リウーは少し身を起し、そして、心の平和に到達するためにとるべき道について、
タルーに何かはっきりした考えがあるか、と尋ねた。
「あるね。共感ということだ」

本編とは別に気になったのが、
P158、5行目の「名題」。
これ、「名代」の誤植じゃないかと思うんだけど、
昭和44年初版のしかも新潮文庫でここまで残るはずないし、私が間違ってんのかなー。

柴咲コウさんと同門!?

実は私、今まで一度も「朝ドラ」というのを見たことがなかったんです。
「あまちゃん」も「梅ちゃん先生」も一度もなし。
でも、なんとなく要所要所は知っている。
だって、みんながいつも話題にしていて、
場合によっちゃ詳しく説明してくれるんだもの。

台所にポータブルテレビを置いて、
録画した番組だけ見ていることからわかるように、
私は決まった時間にドラマを見ることができない。
テレビにスケジュールを決められるのがイヤなのだ。
だから、私の世代の人がみんな見ていた、
「金八先生」も「東京ラブストーリー」も一度も見なかった。

その私がなぜか、今季の朝ドラ『エール!』を見ることにしたの。
なぜなら、作曲家・小関裕爾夫妻がモデルのこのドラマ、
俳優さんたちが自ら歌うシーンが沢山出てくるんだけど、
その歌唱指導を、私が長年ジャズコーラスを教えていただいている、
コーラスグループ「Breeze」の皆さんが行っているから!

最初なので今はまだ主人公たちの子供時代なんだけど、
主人公の出身地が福島県の会津で、言葉が私の地元・栃木とよく似ていて、
主人公のお父さん役・唐沢寿明さんのしゃべり方も、
私の父とよく似ているもんだから、すごくうれしい。
ドラマって、方言指導も徹底しているんだな。

歌うシーンが出てきた回には、その回の主な指導者の名前がタイトルバックに流れる。
その都度、バリトンの磯貝たかあき先生、
ソプラノの小菅けいこ先生の名前が!

コレ! 「歌唱指導」のとこ!!

第七回は、当時の有名オペラ歌手・三浦環をモデルにした役で、
柴咲コウさんが出演、
『ジャンニ・スキッキ』の中の有名なアリア、
「私のお父さん」を歌ったんだけど、
その美しさもさることながら、すばらしい歌声にビックリ。
歌唱指導の名前は、ソプラノの小菅先生!
Twitterなどの声を見たら、皆も、柴崎さんの歌のうまさにびっくりしてた。

Breezeのメンバーは皆、音大卒のクラシック教育を受けた人たちなので、
ジャズだけでなく、クラシックや昭和歌謡など、
いろんな歌唱指導ができるのだ。

柴崎さんは、以前から指導を受けていたみたいだけど、
今回ドラマを見ていて、
「フッフッフッ、私、柴崎さんと同門じゃね!?」
と一人ほくそえんでしまった(柴崎さんスミマセン(;’∀’))。

私、漫画も連載じゃなくコミックスでまとめて読みたい派なので、ドラマも録画して1週間ぶんためて観てます。もちろん台所で。

小菅先生は、音楽家としてだけでなく、教師としての資質がすごく高い人。
生徒に音のイメージを持たせるのがすごくうまい。
もう9年習っていて(あんまりうまくならなくて恥ずかしいけど)、
毎回毎回楽しくて、全然飽きないもの。

もちろん、Breezeのライブも素晴らしいですよ!
だから、ここのところライブの予定がしばらくなくなってしまったのが残念……。
特に、野口久光さんのビッグバンドと共演するライブは、
国内の一流ミュージシャンとの豪華なコラボで、
毎回満員御礼なんです。

コロナ禍が去ったら、またライブに行かなくちゃ。
そのときは是非ご一緒しましょう!!
もちろん、ドラマの行方も楽しみに……。

『戦地のスキーヤー』

2月4日NHK-BS放映
世界のドキュメンタリー選『戦地のスキーヤー』(Where the Light Shines)

舞台は、アフガニスタン・バーミヤン州の山深い村。
切り立った山々は白銀に輝き、神々しい眺めだ。
しかし、ゲレンデに好適な斜面に、誰ひとり雪を楽しむ姿はない。

この地方は長らくタリバンの支配下にあった。
アメリカの軍事作戦によってタリバン政権は崩壊したにもかかわらず治安は回復せず、
タリバンは再び勢力を回復させている。

リフトはないし整備もされてないし、先進国の選手とは条件が違いすぎる……

雪に覆われた山腹を、二人の若者がスキーを履いて登っていく。
もちろんリフトはない。
アリシャーとサジャド、スキーを始めて3年だという。

冒険ツアーでやってきた西洋人たちが、この地にスキーを持ち込んだ。
彼らはバーミヤンの人々にスキーを勧めた。
スキーに最適な山と雪があるのに、バーミヤンの人々はスキーを知らない。
いつも戦乱の中にあったアフガニスタンからは、
過去に冬期オリンピックに代表選手を送ったことはない。

バーミヤンを訪れたジャーナリストのクリストフ・チルヒャーとその仲間たちは、
数年後に開かれる平昌オリンピックを前に、
二人の若者をスキーの本場・サンモリッツに送り込み、
スキー競技を4年間学ばせることにした。
「高級車を買う代わりに、彼らに投資しているんです」
金持ちの酔狂か、若者への純粋な支援か?
しかし、アリシャーとサジャドは真剣そのものだ。

自爆テロが日常茶飯事のアフガニスタン。
教育水準は低く、生活は苦しく、不正が横行し、若者は将来の夢が持てない。
人々は皆、子供でさえ、暗く寂しげな表情をしている。

アリシャーとサジャドは、冬の間はスイスで猛特訓を受け、
それ以外の時期は、地元バーミヤンで自主トレを続けてきた。
石ころだらけの道を走り込み、トレーニング用具を廃材で手作りし、
スキー板を見たこともないズブの素人から、
ベテランスキーヤーとも勝負できるまでに成長した。

村では、彼らは奇異のまなざしで見られている。
親たちも、スキーに熱中して、先祖代々続けてきた農業に従事しようとせず、
結婚もしない息子たちに不満を持っている。
だが、教育を受け、外の世界を知った彼らに、
唯々諾々と現状追認するだけの親世代は、歯がゆいばかりなのだ。

今年は、次の冬期オリンピックへの出場をかけたレースが行われる。
昨シーズンのタイムは、期待のもてるものだった。今年こそ……

ところが、出場前に、アリシャーたちが地元で開催したマラソン大会で、
一位をめぐって不正が行われた。
それを糾弾したアリシャーは、不正を行った選手に殴られ、ケガを負ってしまう。
おりしも首都カブールではタリバンによる大規模爆破事件が起きていた。
くやしさと絶望に打ちひしがれるアリシャー。
だが、レースは待ってくれない。

バッド・コンディションをおして出場したレースでのタイムは、
昨年よりも悪くなっていた。
一縷の望みをかけ出走した最後のレースでも、
結局オリンピック出場権は得られなかった――。

失意のうちにバーミヤンに帰るアリシャーたち。
社会情勢は一向に良くならない、むしろ悪くなっている。
アリシャーの妹は涙ながらに叫ぶ。

「どうしてアフガニスタンはいつまでたってもこうなの!? みんな、まじめに働いているだけなのに……」

オリンピックへの夢はついえた。
だが、アリシャーたちは新たな一歩を歩み出していた。
スキーを学びたい希望者を募り、地元でスキー教室を開いたのだ。

「誰かが口火をきって、次に続く者のために、すべての重圧を背負っていかなくちゃならない。
むずかしいけれど、次に続く者、アフガニスタンの若者のために、希望の扉を開きたいんです」

それまでスキーになじみのなかった村の若者たちを集め、彼らを指導し、
バーミヤンにスキー文化を根付かせる。
アリシャーたちに憧れる子供たちも、次々集まってきた。
今やスキーは、「外の世界」への輝く突破口となったのだ。

アリシャーたちは、平昌オリンピックから一週間後、春先にも残る雪を生かして、
「アフガン・スキーチャレンジ」
第一回を開催した。
「大会」ではもとよりない。まともに滑れる者はまだいない。
スキーの楽しさを共有し、暗い日常以外の新しい世界を見てもらおうという試みだ。

滑るためにリフトのない斜面を延々上る苦労もいとわず、
若者たちは一斉にスタートを切る。
だが、転倒に次ぐ転倒、激突。たちまち団子になるスキーヤーたち。
しかし、そこここで爆笑の渦が生まれる。今日ばかりは、人々の表情は明るい。

「この国の政治情勢は悪化していますが、そんな中でも、
僕らはみんなが笑顔で楽しめる場所を作り出したんです」

ゴールにたどり着いた者は、再びリフトのない斜面を、
スタート地点まで登り始める。

「いつだって、自分に勝ち目はないように感じます。
でも、僕たちは闘い続けました。
僕たちは、転び続けるかもしれません
でも、くじけず立ち上がっていけば、うまくいく日がきっとくる。」

映像の最後のテロップには、
「バーミヤン・スキークラブは、2019年、リフトを設置した」
とあった。画面の片隅で、小さなモーターが回転していた。

バーミヤンのすばらしい風景と、
少し日本人的な風貌を持つやさしげなアフガニスタンの人々に、
この地での彼らの幸せを願わずにはいられない作品だった。

制作 Unscrypt Productions/Articulus Entertainment(アメリカ・イギリス 2019年)

『百まいのドレス』

 子供の頃読んだ本を思い出した。『百まいのドレス』(エレナ―・エスティス著)。
 ワンダ・ペトロンスキは、一枚きりの服を毎日着てくる。
奇妙な名前の響きとともに、着た切りスズメの彼女は、クラスのいじめの恰好の標的だった。
女子のリーダー的な少女が、古ぼけた服をからかうが、ワンダは毅然として答える。
「うちのクロゼットには、ドレスが100枚掛けてあるの」
「嘘つき!」
孤立するワンダは、しかし決してゆずらない。
「嘘じゃないわ。うちにはあるのよ、ドレスが100枚、きっちりね」
 彼女に同情しつつも、かばう勇気のない(語り手の少女)は、
ワンダがあんな嘘をつかなきゃいいのに、と気をもむ。
 ある日ワンダは学校に来なくなった。
 担任の先生が言った。
「ペトロンスキさんは転校しました。皆さんに、彼女からのプレゼントがあります」
それは、紙に描かれた洋服のデザイン画だった。枚数はきっちり100枚。
「皆さんの中に、彼女が外国籍であることを理由に不愉快な言動をした人がいたとしたら、
残念なことです」
 (語り手の少女)は思い起こす。
ワンダの着古された服はいつもきれいに洗濯され、アイロンがかけられ、
垢じみたところは一つもなかったことを。
それが、何枚もの服を買ってやれない移民である母親の、
精いっぱいの心づくしだっただろうことを。

 記憶を頼りに書いているので、語り手の少女の名前や、詳細は覚えていない。
ワンダはポーランド人だったのだろうか。

 この物語のテーマは「差別」。
子供の間にも生まれてしまう小さな差別を描いたお話なんだけれども、
読んだ当時(8歳位)の私は、同時に、
「素敵だな!」
とも思ったのだ。

 現実に沢山の服を持っていなくたって、頭の中に描く理想の服
(それは、子供が現実には着ることがまずない豪華で華やかなもの)
があれば、じゅうぶん楽しめるし、何しろ買わなくていい。

 大人になって、現実に欲しい服を買ったり着たりすることができるようになったけれど、
現実の服は、必ずしも理想と同じにはならない。
着てみると似合わなかったり、体型に合わなかったり、
最初は合っていたのに合わなくなったり。
そんな難しさを現実の中におさめていくことも、服を着る面白さの一つではあるんだけど。

 でも時々、現実には着ることのない「すごいドレス」を頭の中に描いてこっそり楽しむことを、
大人になっても忘れたくない。何しろ、場所をとらないし、買わなくていい。 

『ヒッキー・ヒッキー・シェイク』

いろいろと話題になってた津原泰水さんの『ヒッキー・ヒッキー・シェイク』(ハヤカワ)読了。登場人物たちの実名とコードネームが同時に出てきたり、場面転換がパッパ早かったりと導入部が少し読みづらかったけど、面白かった!

引きこもり揃いの登場人物たちが魅力的で、続編はムリだとしても、スピンオフがあったら読みたい。音楽ネタがいたるところに散りばめられているのも楽しかった。

小説は電車の中で読む派ですが、この本は家でおかし食べながら読みました。おすすめ!